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福島地方裁判所いわき支部 平成5年(ワ)296号 判決

甲及び乙事件原告

甲野春子

甲野一郎

甲野二郎

原告ら甲事件訴訟代理人弁護士

折原俊克

原告ら乙事件訴訟代理人弁護士

佐川尚夫

甲事件被告

日産火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

川手生巳也

甲事件被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐庸晏

甲事件被告

日本火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

廣瀬清

甲事件被告

全国労働者共済生活協同組合連合会

右代表者理事長

佐野城次

乙事件被告

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

小坂伊左夫

乙事件被告

日動火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

江頭郁生

甲及び乙事件被告ら訴訟代理人弁護士

島林樹

主文

一  原告らの甲事件請求をいずれも棄却する。

二  原告らの乙事件請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、甲及び乙事件とも原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  甲事件

1  甲事件被告日産火災海上保険株式会社(以下「被告日産火災」という。)は、甲事件原告甲野春子(以下甲及び乙事件を通じて「原告春子」という。)に対し、二八三〇万九〇〇〇円及びこれに対する平成五年六月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、甲事件原告甲野一郎(以下甲及び乙事件を通じて「原告一郎」という。)及び同甲野二郎(以下甲及び乙事件を通じて「原告二郎」という。)それぞれに対し、いずれも一四一五万四五〇〇円及びこれに対する平成五年六月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2  甲事件被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という。)は、原告春子に対し、九一三万円及びこれに対する平成五年六月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告一郎及び二郎それぞれに対し、いずれも四五六万五〇〇〇円及びこれに対する平成五年六月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

3  甲事件被告日本火災海上保険株式会社(以下「被告日本火災」という。)は、原告春子に対し、八六二万四五〇〇円及びこれに対する平成五年六月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告一郎及び同二郎それぞれに対し、いずれも四三一万二二五〇円及びこれに対する平成五年六月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

4  甲事件被告全国労働者共済生活協同組合連合会(以下「被告全労済」という。)は、原告春子に対し、八〇〇万円及びこれに対する平成五年六月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

1  乙事件被告大東京火災海上保険株式会社(以下「被告大東京火災」という。)は、原告春子に対し、五一九一万円及びこれに対する平成五年六月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告一郎及び同二郎それぞれに対し、いずれも一六九八万五〇〇〇円及びこれに対する平成五年六月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2  乙事件被告日動火災海上保険株式会社(以下「被告日動火災」という。)は、原告春子に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年六月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告一郎及び同二郎それぞれに対し、いずれも五〇〇万円及びこれに対する平成五年六月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

第二  事案の概要

本件甲及び乙事件は、原告らが、被告全労済に対しては、生命共済契約に基づく亡甲野太郎(以下「太郎」という。)の災害死亡共済金の、その余の被告らに対しては、傷害保険契約に基づく太郎の死亡保険金の、それぞれ支払を求めた事案である。

一  争いのない事実(明らかに争いのない事実も含む。)

1  被告全労済は、消費生活協同組合法に準拠して設立された公益法人で、共済事業等を営む生活協同組合の連合体であり、その余の被告らは、いずれも、日本国及び諸外国において、火災保険、海上保険及び傷害保険等の保険事業並びにそれらの再保険事業などを営む株式会社である。

2(一)  原告らの被相続人である太郎は、生前、被告日産火災との間で別紙契約目録一記載のとおり傷害保険契約八口を、被告東京海上との間で別紙契約目録二記載のとおり傷害保険契約二口を、被告日本火災との間で別紙契約目録三記載のとおり傷害保険契約二口を、いずれも被保険者と太郎と定めてそれぞれ締結し、被告全労済との間で被共済者を太郎と定めて別紙契約目録四記載のとおり生命共済契約一口を締結した。

(二)  なお、被告全労済との右生命共済契約の基礎となる個人定期生命共済事業規約四六条では、災害死亡共済金の支払要件として、「被共済者が共済期間中に発生した不慮の事故等を直接の原因として共済期間中に死亡した場合には、災害死亡共済金として災害特約共済金額に相当する金額を支払う」と規定している。

また、右規約五二条では、共済契約者や被共済者の故意な重過失による保険事故については、傷害特約共済金を支払わない旨規定している。

(三)  そして、太郎は、被告全労済に対して右生命共済契約に基づく所定の共済掛金を、その余の被告らに対して右各傷害保険契約に基づく所定の保険料を、それぞれ支払った。

3  原告一郎は、被告日本火災との間で、被保険者を原告一郎、その妻である甲野夏子(以下「夏子」という。)、太郎、原告春子、原告二郎及び甲野秋子と定めて、別紙契約目録五記載のとおり、傷害保険契約一口を締結したうえ、右被告に対し、右傷害保険契約に基づく所定の保険料を支払った。

4  太郎は、被告大東京火災との間で別紙契約目録六及び七記載のとおり傷害保険契約五口を、被告日動火災との間で別紙契約目録八記載のとおり傷害保険契約一口を、いずれも被保険者を太郎と定めてそれぞれ締結したうえ、右各被告らに対し、右各傷害保険契約に基づく所定の保険料を、それぞれ支払った。

5  夏子は、被告大東京火災との間で、被保険自動車を太郎が保有するマーチK一〇(登録番号いわき五六す五四九七)(以下「本件車両」という。)と定めて、別紙契約目録九記載のとおり、傷害保険契約一口を締結したうえ、右被告に対し、右傷害保険契約に基づく所定の保険料を支払った。

6  別紙契約目録一ないし三、六並びに七の番号1ないし3記載の各傷害保険契約は、被保険者死亡による死亡保険金の受取人につき、被保険者の法定相続人と指定しているかあるいは何ら指定がないかのいずれかであり、したがって、いずれも被保険者の法定相続人が死亡保険金の受取人となる。

7  別紙契約目録四記載の生命共済契約に基づく災害死亡共済金の受取人及び別紙契約目録七の番号4記載の死亡保険金の受取人は、いずれも原告春子である。

8  別紙契約目録九記載の傷害保険契約は、被保険者が、被保険自動車の運行に起因するかあるいは運行中である場合の、急激かつ偶然な外来の事故によって身体に傷害を被り、その直接の結果として死亡したときは、死亡保険金として、自損事故条項による場合一五〇〇万円を、搭乗者傷害条項による場合一〇〇〇万円を、いずれも被保険者の相続人に支払う旨定めている。そして、太郎は、右いずれの条項によっても、後記交通事故における被保険者である。

9  太郎の負債について

(一) いわき信用組合(植田支店)分

(1) 太郎は、平成三年七月三一日、二〇〇万円を、元金につき毎月四万円宛割賦返済する約定で借り受けたが、これにつき、平成五年三月五日に返済してから後記死亡日である同年六月二日まで返済をせず、元金残高は一二八万円であった。

(2) 太郎は、平成二年九月二五日、一五〇〇万円を借り受けたが、その後期限ごとに元金の借り換えをし、平成四年一二月三一日借り換えた元金一五〇〇万円については、平成五年に、一か月の割賦返済額一二五万五〇〇〇円を三回支払ったものの、同年四月から支払がなく、元金残高は一四六二万五〇〇〇円であった。

(二) 株式会社常陽銀行(植田支店)(以下「常陽銀行」という。)分

(1) 太郎は、平成二年一月四日から平成五年六月二日まで、当座取引をしていたが、その残高はほとんど同銀行からの貸越状態のまま推移し、同年五月三一日現在の貸越残高が四三万一一二三円であった。

(2) 太郎は、同日現在で、証書貸付による元金債務を合計二九五五万三七三八円負っていた。

(三) 国民金融公庫(いわき支店)分

太郎は、平成二年一月までに三口合計九一〇万円の借入をしたほか、平成三年一一月七日五〇〇万円を借り受けた。

(四) 株式会社大東銀行(植田支店)(以下「大東銀行」という。)分

太郎は、同年一月二四日三〇万円を限度額とするカードローン契約を締結し、その残高は平成五年五月二一日現在で二四万〇五二三円であった。

太郎は、平成五年二月五日証書貸付により一〇〇万円を借り受け、毎月普通預金からの引き落としにより、元金一万三〇〇〇円ないし四〇〇〇円及び利息五〇〇〇円ないし六〇〇〇円を支払っていた。

(五) 株式会社福島銀行(植田支店)(以下「福島銀行」という。)分

太郎は、昭和五八年一一月三〇日五〇〇万円を、平成二年八月一三日一〇〇万円を、それぞれ借り受けていた。

(六) 被告日産火災分

太郎は、平成五年三月二四日、別紙契約目録一記載の傷害保険八口の契約者貸付により、八口合計三五九万七七六八円を借り受けていた。

(七) 被告東京海上分

太郎は、同年六月一日現在、二口で元利金合計一六六万八一〇六円の債務を負っていた。

10  太郎の資産について

(一) 太郎は、常陽銀行に定期預金五〇万円を有していたが、これは前期当座取引の担保となっていた。

(二) 太郎は、平成二年一月以前から死亡するまで、ひまわり信用金庫と普通預金取引があった。

(三) 太郎の大東銀行における普通預金取引は、ほとんど一万円ないし二万円の残高で推移し、平成五年五月二一日現在の残高は一万九九七四円であった。

(四) 太郎は、昭和五六年一一月頃、いわき市東田町菖蒲沢〈番地略〉に土地(宅地、563.82平方メートル)を取得し、その上に木造セメント瓦葺二階建居宅(一階123.08平方メートル、二階26.49平方メートル)を新築して、右建物を原告春子と二分の一ずつ共有し、自宅として使用していたが、右土地・建物には、磐洋信用金庫(現ひまわり信用金庫)に対して、一五〇〇万円の債務のため抵当権が設定され、また、平成二年一一月にも、極度額一億円の根抵当権が設定された。

太郎は、平成四年一〇月頃、負債整理の目的で、不動産業者の有限会社ゆう美(以下「ゆう美」という。)に、右土地・建物の売却を依頼した。

(五) 太郎は、平成元年八月頃いわき市泉玉露〈番地略〉の土地(畑、三二二平方メートル)を購入し、所有していたが、同月、右土地につき、常陽銀行に対する二〇〇〇万円の債務のため抵当権を、いわき信用組合に対し、極度額一五〇〇万円の根抵当権を、各設定した。

(六) 太郎は、いわき市植田町中央〈番地略〉の土地(宅地、117.42平方メートル)と、その上にある鉄骨造陸屋根三階建の建物(一階102.52平方メートル、二階103.95平方メートル、三階72.94平方メートル)のうち一階部分(店舗)を所有し、そこで理容業を営んでいたが、右土地と店舗には、前期自宅の土地及び建物並びに後記(七)の土地及び建物と共同で、磐洋信用金庫に対し、極度額一億円の根抵当権が設定されていた。

(七) 太郎は、昭和五二年六月頃取得したいわき市植田中央〈番地略〉の土地(宅地、210.42平方メートル)の上に、昭和六三年一月に木造スレート葺二階建共同住宅(一階97.51平方メートル、二階89.04平方メートル)を新築して所有していたが、右土地と建物には、前期のとおり他の土地及び建物と共同で、磐洋信用金庫に対し、前期一億円の根抵当権が設定されていた。

11  別紙各契約目録記載の各傷害保険の満期返戻金は、それぞれ次のとおりであり、合計一七〇八万七六〇〇円である。

(一) 契約目録一分 小計

六九二万〇七〇〇円

(二) 同   二分 小計

二二四万一四〇〇円

(三) 同   三分 小計

二二二万五五〇〇円

(四) 同   五分 小計

五〇万円

(五) 同   七分 小計

四二〇万円

(六) 同   八分 小計

一〇〇万円

12  太郎は、社団法人いわき理容美容協会の理事長の職にあった。

13  平成五年六月二日午前九時四五分頃、北茨城市大津町一二一番地の五五先大津漁港第二埠頭西側において、太郎が乗車中の本件車両が海中に転落し、太郎が溺死した(以下この事故を「本件事故」という。)。

本件事故前本件車両は転落場所の海に向かって停車していたが、その場所は、下り勾配となっており、その先には9.1メートル間隔で柱が建ち、さらにその先の岸壁の端には舫い杭が設置されていた。

なお、本件車両は、幅が1.56メートルであり、シフトレバーはニュートラルの位置になっていた。

14  被告全労済は、太郎の死亡を前記共済契約上の病死として扱い、原告春子に対して共済金四〇〇万円を支払った。

二  争点

本件事故が、急激かつ偶然な外来の事故であるか否か、あるいは不慮の事故であるか否か。

第三  争点に対する判断

一  前記争いのない事実、証拠(検証、証人鈴木輝雄、同鈴木妙子、同根本及び同中谷、原告春子、甲一一、甲一三の八、一〇、二一及び二四、甲一六から二三、甲二八、甲三二から三四、甲三八の一から四、甲三九の一、甲四三の一から五、甲四五から五〇の各一及び二、甲五一、乙二、乙三、乙四の一から三、乙五、乙一一、乙一二の一及び二、乙一三、乙二四、乙二五の一から三、乙二八から三〇の各一から八、乙三一、乙三二)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  別紙契約目録一、二、三の番号1、三の番号2(ただし、追加傷害条項部分)、六、七の番号1及び2並びに八(ただし、積立普通傷害約款及び積立家族傷害約款部分)記載の各傷害保険契約では、被保険者が、急激かつ偶然な外来の事故に起因して死亡した場合に死亡保険金が支払われる旨定められている。

2  別紙契約目録三の番号2、五、七の3及び4並びに八(ただし、ファミリー交通傷害約款部分)記載の各傷害保険契約では、運行中の交通乗用具に搭乗している被保険者が、急激かつ偶然な外来の事故に起因して死亡した場合に死亡保険金が支払われる旨定められている。

3  太郎は、数人の従業員を使用して理容業を営み、平成元年からはいわき理容美容協会の理事長もしていたところ、太郎の確定申告及びその修正申告の内容は、次のとおりである。

(一) 昭和六三年分

確定申告   修正申告

営業所得 八八万〇二六五円 二八六万一一五五円

不動産所得 一六万五八九〇円の赤字 上記と同じ

(二) 平成元年分

確定申告   修正申告

営業所得 二五万三五七三円 二〇一万三五七三円

不動産所得 一三八万四四九七円 上記と同じ

(三) 平成二年分

確定申告   修正申告

営業収入 一四六〇万六五六四円

営業所得 三〇万五七三一円 六五三万九四五七円

不動産収入 四六二万八〇〇〇円

不動産所得 一九九万〇九六八円 上記と同じ

(四) 平成三年分

確定申告 修正申告

営業収入 一五一三万〇一二六円

営業所得 三一万三五四一円の赤字

五一三万六九七三円

不動産収入 四七九万二五〇〇円

不動産所得 一五八万六四六七円 上記と同じ

(五) 平成四年分

確定申告 修正申告

営業収入 一五三五万九四四〇円

営業所得 四二万二三六三円の赤字

五二〇万九六六二円

不動産収入 五九七万四八〇〇円

不動産所得 二三〇万三〇〇七円 上記と同じ

(六) また、右各確定申告によれば、太郎は、社会保険料、原告春子の生命保険料、仕入費用、租税公課、水道光熱費、通信費、広告費、交際費、保険料、修繕費、消耗品費、福利厚生費、給料賃金(ただし、原告一郎や夏子への支払は除く。)、衛生費、接客費、備品費、教育費、駐車料及びその他の経費(雑費を含む。)に充てるための費用として、少なくとも次のような金額を毎年現実に支出していたはずである。

(1) 平成二年分 合計

九八五万七六六七円

(2) 平成三年分 合計

一一五八万九五五八円

(3) 平成四年分 合計

一二一二万九三四六円

4  太郎は、平成二年一月から平成四年三月まで株式取引を行っていたが、それによる最終的な収支は、約九六七二万五七六四円の赤字であったと推定される。

5  太郎は、生前、実質的累計で少なくとも約二億円の借入を行っており、そのうち約五九〇〇ないし六〇〇〇万円は、不動産取得のための借入金、保険ローン及び理容業の設備投資のための借入金で、いわゆる投資的経費ないし資産形成に充てたと推定できるが、その他の約一億四〇〇〇万円のうちかなりの部分は、株式取引の資金に回された。

6  太郎は、負担していた債務につき、平成三年中に少なくとも合計二〇七五万〇五七三円の、平成四年中に少なくとも二〇一二万四二四二円の、それぞれ元利金返済を行っており、それらを平均すると毎月一七〇万円を超える返済を行っていたことになるが、債務の元利金支払に本来必要な資金は毎月一八〇万円を超える状態であった。

7  太郎は、福島銀行から、平成三年一二月二日店舗改装資金に充てるという名目で三〇〇万円を、平成四年二月三日着物購入資金に充てるという名目で一〇〇万円を、それぞれ手形貸付の方法で借り受けたが、それらの債務につき、利息は支払っていたものの、元金は期限ごとに手形を書替えるのみで全く支払わなかった。

8  太郎は、前記争いのない事実9の(一)記載のいわき信用組合に対する毎月支払うべき債務につき、平成三年九月から平成五年二月までの間に一二回の延滞を発生させた上、後記11のとおり、同年三月から五月の支払予定分については全く支払わなかった。

9  太郎は、賃貸していたアパートの家賃を原告春子名義の預金口座に振り込ませていたが、平成四年一二月末から平成五年五月にかけて、家賃が振り込まれた後間無しにそれを引き出していた。

10  太郎は、理容器具販売業者に作らせた架空の見積書を使って、同年二月五日、器材購入資金に充てるという名目で、大東銀行から、一〇〇万円を借り受けた。

11  太郎は、毎月債務弁済のため必要とした資金額が前記6のとおり一八〇万円以上であるのに対し、平成五年に入ってから実際に返済した債務額は、一月が合計一〇四万九一六二円、二月が一三三万四六六九円、三月が一八〇万〇〇九九円、四月が一三五万〇九四八円、五月が八九万四〇三二円であった。

12  すなわち、平成五年における太郎の延滞ないし不払の状況は、次のとおりである。

(一) いわき信用組合分

(1) 一五〇〇万円の借入につき、三月支払予定分を延滞し、四月及び五月支払予定分を支払わなかった。

(2) 二〇〇万円の借入(前記争いのない事実9の(一)記載のもの)につき、一月及び二月支払予定分を延滞し、三月から五月支払予定分を支払わなかった。

(二) 常陽銀行分

(1) 一〇〇〇万円の借入につき、一月及び二月支払予定分を延滞し、三月から五月支払予定分を支払わなかった。

(2) 四〇〇万円の借入につき、一月から三月支払予定分を延滞し、四月及び五月支払予定分を支払わなかった。

(3) 二〇〇〇万円の借入につき、一月及び二月支払予定分を延滞し、三月から五月支払予定分を支払わなかった。

(4) 三〇〇万円の借入につき、一月及び二月支払予定分を延滞し、三月から五月支払予定分を支払わなかった。

(5) 保険ローン目的の借入二口のうち、一口につき、一月から三月支払予定分を延滞し、四月及び五月支払予定分を支払わず、もう一口につき、一月及び二月支払予定分を延滞し、三月から五月支払予定分を支払わなかった。

(6) 二〇〇万円の借入につき、一月及び二月支払予定分を延滞し、三月から五月支払予定分を支払わなかった。

(三) ひまわり信用金庫分

(1) 一八〇〇万円の借入につき、五月支払予定分を支払わなかった。

(2) 二三〇〇万円の借入につき、五月支払予定分を支払わなかった。

(3) 五〇〇万円の借入につき、五月支払予定分を支払わなかった。

(4) 他の五〇〇万円の借入につき、一月、二月及び四月支払予定分を延滞し、五月支払予定分を支払わなかった。

(5) 四六〇万円の借入につき、少なくとも一月、三月及び四月支払予定分を延滞した。

13  太郎が死亡した当時の太郎の負債は、次のとおりであり、合計一億五二五四万四四九八円である。

(一) いわき信用組合分 小計一六〇三万八九七七円

元金 一五九〇万五〇〇〇円

利息 一二万九七二八円

遅延損害金 四二四九円

(二) 常陽銀行分 小計 三〇一二万二二五二円

元金 二九九八万四八六一円

利息 一三万四六〇三円

延滞利息 二七八八円

(三) ひまわり信用金庫分 小計八二七九万一五八五円

元金 八二七九万一五八五円

(四) 住宅金融公庫分 小計 三五九万〇四二三円

元金 三五九万〇四二三円

(五) 国民金融公庫分 小計 七五八万九九五〇円

元金 七五六万三〇〇〇円

利息 二万六九五〇円

(六) 大東銀行分 小計 一二〇万〇〇五六円

元金 一一九万二八二九円

利息 七二二七円

(七) 福島銀行分 小計 四四六万一八四七円

元金 四四六万一五八〇円

利息 一六二円

延滞 一〇五円

(八) 株式会社東邦銀行分 小計一四八万三五三四円

元金 一四八万〇三五一円

利息 三一八三円

(九) 被告日産火災分 小計 三五九万七七六八円

元金 三五九万七七六八円

(一〇) 被告東京海上分 小計 一六六万八一〇六円

元金 一六六万七六九六円

利息 四一〇円

14  太郎は、前記争いのない事実10の(四)ないし(七)記載の各土地及び建物のほか、自宅建物に附属するブロック陸屋根平屋建の家屋(14.87平方メートル)の共有持分二分の一及び前記理容店舗が入っている建物の敷地の一部となっているいわき市植田町中央一丁目一五番一三の土地(宅地、38.70平方メートル)を有していた。

15  太郎は、平成四年一〇月頃、ゆう美に、自宅の土地・建物を四五〇〇万円で売却する仲介を依頼し、右代金額で買手がみつかったものの、その五パーセント相当額のゆう美に対する手数料を右代金額に上乗せすることを買主に要求したため、その売却の話は壊れ、その後買手が見つからなかった。

16  太郎は、同年一二月頃、ゆう美に、前記いわき市泉町玉露の土地を、相場よりも高いと思われた二九二二万円で売却する仲介を依頼したが、ゆう美に対する問い合わせさえもなく、買手が見つからなかった。

17  太郎が死亡した当時の太郎の預金(元利金合計)は、次のとおり、合計五九万八五〇二円である。

(一) いわき信用組合

(普通預金)分 一万四三八一円

(二) ひまわり信用金庫

(普通預金)分 七五七円

(三) 常陽銀行(定期預金)分

五五万二五六四円

(四) 大東銀行(普通預金)分

一万九九八〇円

(五) 福島銀行(普通預金)分

一万〇七九〇円

(六) 株式会社東邦銀行

(普通預金)分 三〇円

18  本件事故の現場、本件車両及び本件事故の状況等

(一) 本件事故当時本件車両が停車していた場所付近の路面は、コンクリートのたたきで、岸壁からの距離が一メートルから五メートルの場所で二パーセントないし1.5パーセントの、六メートルから一〇メートルの場所で一パーセントの、それぞれ岸壁に向かって下りの傾斜がある。

(二) 本件車両は、平成元年式の日産マーチであり、マニュアルシフト車で、窓の開閉装置は手動である。

(三) 本件車両は、埠頭上をゆっくりと動いていって岸壁から落ち、右前方部分から海中に沈んでいった。

(四) 海中から引き上げられた本件車両は、次のような状態であった。

(1) 運転席の窓が全開で、助手席の窓が一四センチメートル開いていた。

(2) 運転席のドアはロックされていなかった。

(3) スタータースイッチはオン状態であった。

(4) パーキングブレーキは解除されていた。

(五) 太郎の遺体は、本件車両が海中から引き上げられた際、下半身が運転席内にあり、上半身が運転席の窓から外に出ていた。

(六) 本件事故当時、太郎の所持金は、九三八〇円であった。

(七) 右埠頭において、本件車両が転落した場所に向けて車両を停め、シフトレバーをニュートラルにした状態で車両のブレーキを解除すると、車両は岸壁に向かって直ちに動き出すが、その動く速度は人間が歩く程度のゆっくりしたものである。

(八) 右のように車両が動き出した後、エンジンをかけていない場合でもパーキングブレーキを使用することにより、また、エンジンをかけている場合にはパーキングブレーキのほかフットブレーキの使用によっても、いずれも確実に停止できる。

二  検討

1  急激かつ偶然な外来の事故であること、あるいは不慮の事故であることの立証責任について

(一) 本件事故に関して、被告らが太郎の自殺によるものである疑いがあると主張しているのに対し、原告らは、自殺によるものであることの立証責任は被告らにあり、その証明がない限り、急激かつ偶然な外来の事故として死亡保険金が、不慮の事故として災害死亡共済金が、いずれも支払われねばならない旨主張している。

原告らは、右のように主張する根拠として、保険契約や共済契約は、企業などが集団的取引の便宜のために使用している共通の約款に基づく附合契約に属するものであって、保険者や共済者の相手方が必ずしも約款を理解したうえで契約するとは限らないものであるから、衡平の観点に照らし、不明瞭な約款については、保険者の相手方である保険契約者や共済者の相手方である共済契約者の有利に解釈すべきことを指摘している。

(二) なるほど、一般論として附合契約の約款の解釈につき原告らが指摘する点には正しいものが含まれている。

しかしながら、急激かつ偶然な外来の事故による死亡保険金の給付とか、不慮の事故による災害死亡共済金の給付というのは、契約当事者が、傷害保険契約や生命共済契約によって達しようとした目的そのものであって、契約の核心部分そのものにほかならないのである。すなわち、そのような契約目的そのもの、契約の核心部分そのものについては、当事者は、それ以外の枝葉末節的条項とは異なり、十分な関心を払って契約するはずであるから、錯誤のような特段の事情のない限り、そのような核心部分につき理解せずに契約するということはあり得ないというべきである。

また、右のような給付の要件については、約款において、「急激かつ偶然な外来の事故」あるいは「不慮の事故」に起因して死亡した場合として、明瞭に規定しているうえ、自殺によるという事実は、「偶然」ないし「不慮」によるという事実とは、直接相反するものであって、決して両立するものではないことに照らせば、少なくとも自殺による場合が右のような要件に該当しないことは明白である。

(三) そうすると、傷害保険契約や生命共済契約が附合契約に属するものであるとはいっても、右のような要件を定めた条項については、原告らの前記指摘があてはまるものではなく、法令や契約条項の解釈の本則にしたがうべきであるから、その要件事実を有利に援用しようとする当事者が立証責任を負うものであり、それを転換すべき理由はない。

したがって、本件でも、本件事故が「偶然」ないし「不慮」の事故であることについては、原告らが立証「責任」を負う。そして、その立証のためには、それらの要件事実と直接相反するもので決して両立し得ない事実である「自殺」につき、その疑いがないこと、ないし、少なくともその疑いが極めて乏しいことを、原告らにおいて立証する「必要性」がある。

ちなみに、傷害保険契約等では、一般的に免責約款とよばれる約款があり、その中に、保険契約者ないし被保険者等の「故意」による場合は保険金等の給付を行わない旨の条項がもうけられているが、少なくとも右条項に限っていえば、その趣旨は、「故意」による事故が「偶然」ないし「不慮」の事故に該当しないことを注意的に規定したものにすぎず、免責要件という形で立証責任の転換をはかったものではないと解される。

2  そこで、前記の事実をもとに本件を検討してみると、次に述べるような点に照らし、本件事故は自殺によるものである疑いが相当に強いと考えられる。

(一) 本件事故の経緯及び状況

(1) 仮に原告ら主張のように太郎が海を眺めるために本件事故の現場にいたと仮定すると、その場合、岸壁や海に向かって下り勾配がある埠頭で、岸壁近くの場所で海に向けて停車するにあたり、パーキングブレーキを解除したまま停車していたということは、相当に可能性が低い。特に、右現場の路面の傾斜は、ブレーキを解除すると直ちに車両が動き出すほどの勾配なのであるから、しばらくの間停車して海を眺めているうち知らず知らず本件車両が動き出していたということは決してあり得ない。

(2) 本件車両は、ゆっくりした速度で動いていって転落したのであるから、その間、太郎としては、パーキングブレーキを引くとか、エンジンがかかっていたのであればフットブレーキを踏むとかによって、容易に停止措置をとる余裕があったはずであるのに、そのような措置をとっていない。

(3) 本件車両は、運転席の窓が全開で、また、運転席ドアのロックがされていなかったのであるから、車外に逃げ出すことがそれほど困難であったとは思われないのに、太郎は本件車両が海中に没するまでの間車内にとどまったままであった。

(4) 以上を総合すると、太郎は、通常ブレーキを使用して停車すると考えられる場所でブレーキを使用せずに停車したばかりか、本件車両が動き出してからも、通常の者であれば必ず行うであろうと考えられ、かつ容易にできたはずの停止の措置をとらず、さらに加えて、海中に没していくまでの間、本件車両の外に逃げ出すことがそれほど困難であったとも思われないのに、それもしなかったものであって、右のような経過及び状況から推測するならば、太郎は、海を眺めているうち不測の事故に出会った可能性よりは、意図的に車両とともに転落した可能性のほうがはるかに高いというべきである。

(二) 太郎の経済状況

(1) 前記認定事実8、11及び12のとおり、太郎は、遅くとも平成五年に入ってからは債務の支払に窮する状態が顕著になっており、特に、本件事故の直近である同年四月及び五月には何件もの未払を発生させるに至っている。

(2) すなわち、太郎は、遅くとも平成五年に入った頃には、経常的収入をもってしては債務返済を継続することが困難な状況に至っていたと考えられる。このことは、当時の太郎の経常的収入がどんなに多く見積もっても年間二六〇〇万円ないし二七〇〇万円を超えることがなかったと推測されるのに対し、そこから、前記認定事実3の(六)によって推測される、一年間において現実に支出が必要な最低限の金額である約一〇〇〇万円を控除すると、その残高は約一六〇〇万円ないし一七〇〇万円であって、この金額は、そこから太郎及びその家族の生活費を控除するまでもなく、すでに債務返済のため一年間に必要な資金額約二一六〇万円(月額一八〇万円)に遠く及ばない数字であることから明らかである。

(3) そして、太郎が、遅くとも平成五年に入ってからは、必要とする資金を手当することに相当苦しんでいたことは、次のような事情からも推測できる。

a 平成四年一〇月頃、自宅の土地・建物さえも売却してまで金銭を入手しようとしたうえ、いったんまとまりかけた売買の話も、仲介業者への手数料を売買代金に上乗せしようとして、壊れてしまった(前記認定事実15)。また、同年一二月頃には、いわき市泉町の土地をも売却に回している(前記認定事実16)。

b 平成四年一二月末から平成五年五月にかけて、預金口座に振り込まれた家賃を振込後間無しに引き出していた(前記認定事実9)。

c 同年二月五日、業者に作らせた架空の見積書を使ってまで、大東銀行から一〇〇万円を借り入れた(前記認定事実10)。

d 同年三月二四日、別紙契約目録一記載の各傷害保険の契約者貸付に頼ってまで、被告日産火災から、三五九万七七六八円を借り入れた(前記争いのない事実9の(六))。

e 数人の従業員を使用して事業を営み、年間に相当な金額の収入を得て、かなりの資産を有し、そしていわき理容美容協会の理事長まで努めていたほどの人物にしては、預金の内容や金額が極端に貧弱である(前記争いのない事実10の(一)から(三)、9の(二)の(1)、前記認定事実17)。また、本件事故当時の所持金額についても同様のことがいえる(前記認定事実18の(六))。

(4) 以上を総合すると、太郎は、多額の負債を抱え、それらの支払を継続していく必要性に迫られていたのに対し、それに充てるべき流動性の資金がほとんど枯渇していた状態であったことが明らかであり、債務弁済につき極めて苦慮し、それが自殺の動機になった可能性が十分に認められる。

(5) ところで、原告らは、太郎は負債額を完全に上回る資産を有していたのであるから債務の弁済に窮していたことはない旨主張している。

しかしながら、太郎が流動性資金の枯渇によって苦境状態にあったことは前記認定のとおりであり、そのことで太郎が苦悩していなかった可能性がないなどといえないことは明らかである。

しかも、太郎は、いわき市泉町の土地のほか自宅のほか自宅の土地・建物さえも売却して資金を得ようとしたにもかかわらず、いっこうにそれらの売却ができなかったもので、そのことも太郎の苦悩や焦燥の一因になっていた可能性さえ認められる。

さらに、原告らの主張は太郎の全資産をもってすれば負債は完全に整理できるという趣旨であると思われるところ、それはかえって、負債整理のために全資産を手放さなければならないほどの状況にまで太郎が追いつめられていたことを如実に示すものであって、むしろ太郎の窮迫状態を顕著に示すものにほかならず、これもまた太郎の苦悩と焦燥をうかがわせる事情である。

(6) また、原告らが、太郎の全資産の価値を二億三一〇五万三〇七二円であるとし、その金額が太郎の負債総額を完全に上回っている旨主張しているので、念のためその内容を吟味してみるに、次に述べるような点を総合すると、右金額をもって直ちに全負債の整理が可能であることについては証明がないというべきである。

a まず、資産売却による見込み収入を全て負債整理に充てられるかのように主張しているが、その収入に基づいて負担しなければならないはずの譲渡所得による所得税額及び住民税額を全く考慮に入れていない不合理性がある。

b 不動産価格については、期待価格にとどまり、資金手当の目的でやむを得ず売りに出した場合に売買が成立するであろう現実的な価格を鑑定などによって算定したものではない。

c 訴外清水文雄に対する六〇〇万円の債権は、回収可能性があることにつき裏付けがない。

d 家賃収入や営業収入については、経費の控除を全くしていないし、そもそも、それらを売却可能な資産として計上することが非現実的であることはしばらく措くとしても、それらを生み出すのに必要な不動産を一方で売却資産に計上しながら、同時にその不動産なくしては期待し得ない家賃収入や営業収入をも資産として計上することが不合理であることは多言を要しない。

e 絵画については、美術年鑑による作者の単価をそのまま採用しているが、それは画商などにおける店頭価格としては妥当し得ても、コレクターが資産処分をする場合の価格はそれより相当低額に甘んじなければならないことは想像に難くない。

3 以上によれば、本件事故は、太郎が、多額の債務を抱えてその返済に行き詰まり、困窮したあげくに自殺をはかったものである可能性が相当な確率で認められるのに対し、右可能性を払拭するに足りるほどの証拠はないから、結局、本件事故が「偶然」の事故ないし「不慮」の事故であることにつき証明がないことに帰する。

第四  結論

よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの請求は甲及び乙事件ともいずれも理由がない。

(裁判官鈴木陽一)

別紙契約目録一〜九〈省略〉

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